ゴミ屋敷を多額の費用と労力をかけて一度は空っぽにしても、数ヶ月から一年もすれば元の惨状に逆戻りしてしまう「リバウンド」の確率は驚くほど高く、この再発の連鎖を断ち切ることの難しさが、ゴミ屋敷問題の最も絶望的でやばい側面です。ゴミが撤去されて物理的に綺麗になったとしても、ゴミを溜め込まざるを得なかった住人の心の空虚さ、孤独感、ストレス、あるいは判断能力の欠如といった根本的な原因が解決されていない限り、住人は再び不安を埋めるために物を買い込み、捨てることへの恐怖からゴミを積み上げ始め、あっという間にやばい環境を再構築してしまいます。特に、行政代執行や家族による強制的な片付けなど、本人の納得感がないまま強行された清掃の後は、住人が「大切なものを奪われた」という被害妄想や強い喪失感を抱き、その反動として以前よりも激しい勢いで物を溜め込むという、より深刻でやばいリバウンドを引き起こすケースが多々あります。ゴミ屋敷からの脱却を永続させるためには、単なる掃除屋の仕事ではなく、その後も定期的に見守りを行い、ゴミ出しの習慣をサポートし、社会との繋がりを維持し続けるという、膨大な時間と手間のかかる福祉的フォローが不可欠であり、現状の行政システムではそこまで手が回らないという点が極めてやばい不備となっています。また、リバウンドを繰り返すたびに周囲の親族や近隣住民も「あいつは何をやってもダメだ」と愛想を尽かして離れていき、住人はさらに孤立を深めてゴミの城に立てこもるようになるという負の螺旋は、最終的には誰にも看取られない孤独死というやばい結末へと加速していきます。ゴミ屋敷は再発率の高い「心の生活習慣病」のようなものであり、その再発防止には、本人が「綺麗でいることの心地よさ」と「誰かと繋がっている安心感」を継続的に得られる環境が必要ですが、都会の希薄な人間関係の中でその体制を築くことは困難を極め、今日も日本のどこかで一度は綺麗になったはずの部屋が、再びやばいゴミの海へと沈み始めています。
ゴミ屋敷のやばいリバウンドと再発防止の難しさ