私の汚部屋生活は、誰にでも起こりうるような、ごくありふれた日常の綻びから始まりました。一人暮らしを始めた当初は、お気に入りのインテリアを揃え、毎日自炊をしていたのですが、仕事の激務と深夜残業が続くにつれて、家はただ「寝るだけの場所」へと変わっていきました。最初は脱ぎっぱなしの靴下を一足、床に放置しただけでした。しかし、その「たった一回」の妥協が、私の脳の中の規律を少しずつ崩していきました。疲れて帰ってきた夜、コンビニの袋をそのまま机に置くことが習慣になり、気づけば足元には食べ終えた弁当の空き殻が層を成し、季節が変わる頃には床が完全に隠れていました。一人暮らしの恐ろしさは、どれほど部屋が荒廃しても、誰もそれを咎めないことです。友人を呼ぶことを諦め、宅配便の受け取りさえも玄関の隙間で行うようになり、私は自分だけの「ゴミの城」に閉じこもるようになりました。汚部屋から卒業し、物が整然と配置された空間に身を置くと、脳は余計なノイズから解放され、一つの課題に対して深く没頭できる「ゾーン」に入りやすくなります。また、整理整頓という規律ある行動を自分に課すことは、自己規律を高め、それが仕事における粘り強さや責任感へと転換されていきます。汚部屋の中で過ごす時間は、常に薄暗い水底に沈んでいるような感覚で、何をするにも億劫になり、休日はただゴミの山の上でスマートフォンを眺めて過ごすだけの無為な時間が過ぎていきました。私が汚部屋主であったあの頃、最も欠けていたのは「自分への敬意」だったのだと、今ならわかります。自分の生活を疎かにすることは、自分の未来を信じないことと同じでした。ある日、床にこぼしたお茶を拭くことさえできなくなった自分に絶望し、泣きながらゴミ袋を広げたあの瞬間が、私の人生の本当の再スタートでした。汚部屋は過去の私の悲鳴であり、それを一袋ずつ捨てていく作業は、自分を許し、再び人間らしい生活を取り戻すための、痛みを伴う再生の儀式だったのです。
孤独なワンルームで私が汚部屋主になった記録